第二十三話 焦燥の待ち時間

トタン屋根を叩く雨音が 一段と激しく強く成り出した様で 窓下に見える荒れ狂う渓は ”ゴーゴー”と
吠え 沈み石が押し崩され流れ落ちる気配が ”ゴンゴン” 下腹にと響いて来る! あの二人を組ませ
送り出した判断を今 後悔していた 一頻り激しい雨の中この小屋へと 仲間と共に逃げ込んできた 
其処にはもう既に先客の地元釣師の姿も有り 時間潰しに呑む酒も 何時に無く強い苦味を残す。
・・・・奴等本当に大丈夫なのだろうか?・・・・ 

通い慣れたこの渓の広場へ 車を入れたのは
既に日付も変わろうとしていた時間だった
現地着後に 何時もの儀式 祝杯を交わし
今回の釣行話題 あれこれと盛り上がる

分厚いウレタンを敷き改造した 後部ベットに
滑り込み 仮眠を取るため横に成ると 車の
屋根を叩き出す 大粒の雨! 其の間隔が
徐々に早く 終には激しい豪雨と変わり 時折
強い横風も 車を揺すリ出す
酔いに任せ 其れも揺り篭宜しくウトウトと
眠りにおちた。

目覚めたのは もう何時もよりずっと遅い時間
夜もすっかり明け切った頃だった 恐る恐る
車窓から 外の状態を覗き見ると 広場前の
林道上は 大粒の雨が激しく叩き付け まるで
チャラ瀬かと様変わりして 流れ通り過ぎる
狭い車中で着替えを済まし 其の上に雨具を羽織るが 気分は重苦しい雰囲気に沈んで居た
此の先には 山の頂きから広い範囲に渡り 谷底まで崩れ落ち埋まる大量の土砂が立ちはだかる
この釣場にて 絶好のポイントにあたるのは 其の上流部に成るのだ 未だに崩れ続く其の場所に 
この雨量 流石に決断が鈍った。
釣欲盛んな二人が 遥々此処までやって来た事で 釣りたいとの思いに押され 取り合えずやって
見る事に成る 其の二人が組み上流へと目指す後姿に 無理をせぬよう念を押す 私と残る釣友は
下流へと向い釣始めた 川岸へと立つと 増水は考えていたより進んで居て 赤茶けた泥水に変わる
もう雰囲気云々言っている状況ではなく成っていた。
其の直ぐ上で取水される流れは 何時も干上がり 所々水溜りのような川底を見せて居たが
今日は 思い切り流音を響かせ 谷幅一杯の水路と変わり勢い良く流れ下っている 一体こんな
場所で 本当に魚が釣れるのだろうか? 釣友の表情は そう語りかけて来た・・・・・・・・なに!
私は知って居るのだ どんよりとした水溜りの底から 気持ち悪くなるほど湧き上る岩魚の姿を
濁流の際から 面白いように抜き上げる岩魚 しかし其の場所からも あっという間に移動さえ
出来なくなる もう限界だ ”ピーッ!” 指笛に振り向く釣友へ 身振りで撤収の合図を伝える
車を置いた広場脇 復旧工事用に建てられた
小さな小屋が 逃げ込む場所だ  既に先客が
有る事は 我々の車の隣に 一台のジープが
止まる事で 遠目からでも確認出来た。

小屋の木戸を開け 薄暗い内部に身を入れると
奥の板の間に座る人影 室内の暗さに目が慣れ
良く見ると この渓では 時々見掛ける御仁で
我々とは 叉違った釣り方 釣場の選定をする
事で 今まで言葉を交わす事も無かった相手だ
改めて名乗り挨拶を交わし 身動きの取れない
一時 旧知の友宜しく 呉越同舟にと一杯やる
事に成る。

其れにしても 一体どうしてしまったのだろう?
奥に向かった二人 この状況では もう戻って
来ても良い頃合だ 二人共釣れだすと夢中に
成り 辺りが見えなく成るタイプで あれこれと
考え出すと 言い知れぬ不安に囚われる。
見て来るわ” じっとりと濡れた雨具を羽織ると
土砂降りの戸外へと跳び出す。
林道から下は垂直に切り立ち 荒れ狂う流れは ”ゴーゴー!”と赤龍のごとくうねり 渓沿いの
形有るもの全てを 剥ぎ取り去るように あっと云う間に通り過ぎて行く 目の前は200bばかりの
頂きから 山を削り 一気に谷底へと運ばれた土砂は流れに噛まれる 谷底に積み重なる 直径
3〜4bもあろう大岩は 崩れて間もない事も有り 何時動き出すか判らず不気味このうえない
全てを埋め尽くす崩落後に 心許なく付く100bばかりの踏み後 こいつを辿り二人は上流部へ
向かったはず 立ち尽くす足元を雨は 一段と激しく叩き出した もう顔さえ上げる事も出来ない
状態と変わった ”カーン カーン カーン ブ〜ン!” 落石! 頭部大の幾つかが 恐ろしい
勢いで 谷底向け転げ跳び  ”バーン!”と 泥水の渓に叩き付けられた このルートを避けて
車に戻る事は出来ない あの押しの強い二人を組ませ 送り出した事を 今心底悔やんだ
一旦戻った小屋で 最悪事態の対応を 其処で待つ釣友と話し合い始めた そんな我々を見る
地元釣師も 心配そうに窓の外を窺っている。

突然勢い良く開く木戸 ずぶ濡れで跳び込んで来る二人 笑顔で釣果を語る姿に 心配不安
による 湧き上った怒りより 無事戻った安堵感が勝った うん良かった! 小言は帰りの車の
中でだぞ! 二人は地元釣師による 厳しい視線を 何ら理解出来ない様子では有ったが。

                                                 OOZEKI